※この記事に出てくる時給の数字は、厚生労働省の公式ページと公開資料(局長通達本文・別添1・別添3・地域別最低賃金の全国一覧)を実際に開いて、そこに書かれている値と計算方法だけを使って出しています。求人サイトの相場情報やまとめ記事の数字は使っていません。筆者は元アパレル販売員・元買取査定員で、現在はファッションバイヤー兼古物商として仕入れと買取の仕事をしています。確認日は本文の出典に書きました。
「バックヤード」は求人票の言葉で、契約書の職種名ではありません。時給の下限を決めるのは契約書に書かれるほうの職種名です。
裏方だけの派遣求人は実際にあります。ただし同じ「バックヤード」でも、契約でどの職種を選ぶかで法律上の時給の下限が変わります。東京なら販売店員1,311円、営業・販売事務従事者1,583円。その差272円がどこから出てくるのかを、公的資料の数字だけで順番に置いていきます。
先に東京の下限の表を見る「バックヤード」という職種は、国の職種一覧に存在しない
まず言葉の話からです。アパレルの求人票に出てくる「バックヤード」は、売場の裏でやる仕事をまとめて呼んでいるだけの言い方で、職種の名前ではありません。
これは感覚の話ではなく、確かめられます。派遣の時給の下限を決めるときに国が使う職種の一覧(後で詳しく書きます)には156の職種が並んでいますが、そこに「バックヤード」も「倉庫」もありません。実際に売場の裏でやっている仕事を、この156のどれかに当てはめ直すことになります。
そして中身も一つではありません。求人票で「バックヤード業務」と書かれている仕事は、実際には次の3つのどれか、あるいはその混ざったものです。
メーターは「接客がどれだけ発生しないか」の目安です。5つ点灯=店頭に立つ場面がほぼない。筆者が販売職・査定職として現場で見てきた範囲での整理で、公的な分類ではありません。
販売員だったころ、セール前日はバックヤードに何百枚も服が積まれていて、閉店後に値札を全部付け替えました。あれを専任でやってくれる人がいたら本当に助かる、といつも思っていました。裏方の仕事はちゃんと必要とされています。ただ、店舗にいる限り「今日は人が足りないから前に出て」と言われる日は必ずあります。
派遣の時給には、法律が引いた下限がある
ここからが本題です。派遣で働くとき、時給には法律で決まった下限があります。最低賃金の話ではありません。それとは別に、もう一段高い線が引かれています。
労働者派遣法では、派遣で働く人の待遇の決め方が2通りに決められています。
- 派遣先均等・均衡方式
派遣先の会社にいる正社員と比べて、不合理な差をつけない形で決める方式です。
- 労使協定方式
派遣会社(派遣元)が、そこの労働組合か労働者の過半数代表と書面で協定を結び、その協定にそって決める方式です。実務ではこちらが主流です。
そして労使協定方式を選んだ場合、協定に書く賃金は「同じ業務をしている一般の労働者の平均的な賃金(一般賃金)と同等以上」でなければならない、と法律で決められています(労働者派遣法30条の4第1項2号イ)。この「一般賃金」の額は、毎年8月ごろに厚生労働省の職業安定局長が通達で公表します。
出典:厚生労働省「派遣労働者の同一労働同一賃金について」(mhlw.go.jp)および局長通達本文「職発0825第1号」(PDF)第1の5「本通知は、令和8年4月1日から令和9年3月31日までの期間について、適用することとする」。2026年9月4日に確認。
この一般賃金の額は、次の3つを掛け算して出します。掛け算の順番も端数の処理も、通達に書いてあるとおりです。

3つのうち、真ん中の「能力・経験調整指数」は勤続年数で、右の「地域指数」は働く場所の都道府県で自動的に決まります。読者が交渉できる余地があるのは、左の「職種」だけです。そしてバックヤードの仕事は、この職種の当てはめ方に幅があります。
東京で計算すると、職種名だけで272円ちがう
実際に計算します。東京の地域指数は111.4、勤続0年の能力・経験調整指数は100.0なので、「職種別の基準値×1.114」がそのまま下限になります。1円未満は切り上げです。
| 契約書に書かれうる職種 | 基準値(0年) | 東京・0年 | 3年 | 5年 |
|---|---|---|---|---|
| 総合事務員 | 1,461 | 1,628 | 2,032 | 2,176 |
| 営業・販売事務従事者 | 1,421 | 1,583 | 1,976 | 2,115 |
| その他の商品販売従事者 | 1,353 | 1,508 | 1,882 | 2,015 |
| 生産関連事務従事者 | 1,298 | 1,446 | 1,805 | 1,932 |
| 販売店員 | 1,176 | 1,311 | 1,637 | 1,752 |
| その他の運搬従事者 | 1,159 | 1,292 | 1,613 | 1,727 |
| 包装従事者 | 1,010 | 1,226 | 1,531 | 1,638 |
← 横にスクロールできます
出典:厚生労働省 令和8年度適用 局長通達 別添1「賃金構造基本統計調査による職種別平均賃金(時給換算)」(Excel)の基準値に、別添3「職業安定業務統計による地域指数」(Excel)の東京111.4と、通達本文の能力・経験調整指数(0年100.0/3年124.8/5年133.6)を掛けて、筆者が計算したもの。1円未満は通達の定めどおり切り上げ。2026年9月4日に確認。
売場の裏で在庫を数え、伝票を処理し、EC分の受注を回している人の仕事は、実態としては「販売店員」よりも「営業・販売事務従事者」に近いことがあります。それでも契約書に「販売店員」と書かれていれば、法律上の下限は1,311円のままです。272円は交渉の結果ではなく、職種の当てはめ方の結果です。
低いのはバックヤードだからではなく、販売店員として契約されているからです。同じ裏方の仕事でも、事務系の職種で契約されていれば下限は上がります。まず自分の契約がどの職種で結ばれているかを確認してください。
それでも「販売店員」のままなら、見る場所を変える
職種の当てはめは労使協定で決まるので、応募者ひとりの希望でその場で変えられるものではありません。伝えたうえで販売店員のままなら、選べる手は2つです。
- 職種そのものを裏方の事務側へ寄せた求人を探す
「バックヤード」ではなく「受発注」「在庫管理」「EC運営アシスタント」という書かれ方をしている求人を見ます。仕事の中身が事務寄りなら、選ばれる職種も事務寄りになります。
- 派遣という枠の外も一度見てから決める
下限が上がりにくいのは、職種が販売店員に固定されているからです。同じ経験で別の職種に移れるなら、そちらのほうが上がり幅は大きくなります。
どちらに向いているかは、これまでの経験の中身で変わります。売場での経験が何年あるか、在庫や数字を触っていたか、EC分を扱っていたか。そこを整理してから求人を見たほうが、遠回りになりません。
自分の経験がどこで使えるか診断する 8つの質問・所要1分/登録不要・個人情報の入力なしいちばん下は、最低賃金が支えている
表の下のほうにある「包装従事者」の東京・0年が1,226円になっているのには理由があります。素直に計算すると1,126円で、これは東京都の最低賃金1,226円を下回ってしまいます。
通達はこの場合の扱いも決めていて、下回るときは最低賃金の額を基準値(0年)に置き換えたうえで、そこに能力・経験調整指数を掛けます。だから0年は1,226円ちょうどになり、3年は1,531円になります。
出典:厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」(mhlw.go.jp)掲載の「令和7年度地域別最低賃金全国一覧」(PDF)。東京は令和7年10月3日発効。2026年9月4日の確認時点で、これが発効中の最新の額です。
上がるのは「下限」であって、時給そのものではない
ここは誤解しやすいところなので、はっきり書きます。勤続年数で自動的に時給が上がるわけではありません。上がるのは、派遣会社が下回ってはいけない線のほうです。
出典:局長通達本文(職発0825第1号)第2の1(1)②の能力・経験調整指数。勤続0年を100として算出したもの。2026年9月4日に確認。
ただし通達には、この指数とは別に「賃金は、職務の内容や成果、意欲、能力、経験などの向上があったときに改善されるものでなければならない」という要件も書かれています。年数が増えたのに時給が1円も動かない契約は、この要件を満たしているか確認する余地があります。どう反映するかは労使に委ねられているので一律の答えはありませんが、聞いてはいけない話ではありません。
この仕組みで得をする人
- 事務寄りの職種で契約されている
- 東京・神奈川など地域指数の高い場所で働く
- 同じ派遣会社で勤続を重ねている
効きにくい人
- 販売店員として契約されている
- 派遣先均等・均衡方式の派遣会社を使っている
- 短期で派遣会社を変え続けている
時給のほかに、通勤手当と退職金が別にある
もう一つ、見落とされやすいものがあります。ここまでの数字は「基本給・賞与・手当等」の話で、通勤手当と退職金はこれとは別枠で確保することになっています。
| 項目 | 決まり | 東京・販売店員0年で計算すると |
|---|---|---|
| 基本給・賞与・手当等 | 職種別の基準値×能力経験調整指数×地域指数 | 1,311 |
| 通勤手当 | 実費支給か、1時間あたり79円 | 79 |
| 退職金 | 制度で比較するか、基本給・賞与等の5% | 66 |
| 合計 | — | 1,456 |
← 横にスクロールできます
出典:局長通達本文(職発0825第1号)第2の2「一般の労働者の1時間当たりの通勤手当に相当する額を一般通勤手当とし、当該額を『79円』とする」、同第2の3「退職給付等の費用の割合を一般基本給・賞与等に乗じた額を一般退職金とし、当該割合を『5%』とする」。通勤手当・退職金の確保方法はそれぞれ複数から労使で選べるため、上の計算はそのうち定額の選択肢を採った場合の一例です。2026年9月4日に確認。
「時給に退職金相当分を含む」と言われたときの見方
退職金の確保のしかたは3通りあります。退職手当制度で比較する方法、基本給・賞与等の5%相当を賃金に含めて支払う方法、中小企業退職金共済制度などに加入する方法です。「時給に含む」は2番目にあたり、それ自体は認められている選択肢です。ただしその場合、含まれている分を差し引いた額が、表でいう1,311円の側を下回っていてはいけません。求人票の時給が1,311円で「退職金込み」と書かれているなら、そこは確認する価値があります。
応募・契約の前に確かめる4つ
- どちらの待遇決定方式かを聞く
「労使協定方式ですか、派遣先均等・均衡方式ですか」と聞きます。労使協定方式なら、ここまでの下限がそのまま効きます。
- 一般賃金の職種に何を選んでいるかを聞く
「私の契約は、一般賃金の職種として何で協定されていますか」。販売店員なのか、事務系の職種なのか。ここが272円の分かれ道です。
- 就業条件明示書で仕事の中身と職種名を突き合わせる
実際にやる仕事が在庫管理と受発注中心なのに販売店員で契約されているなら、その理由を聞いて構いません。
- 通勤手当と退職金の扱いを分けて聞く
「時給に何が含まれていますか」。込みなら、含まれる分を引いた額が下限を上回っているかを確かめます。
2つ以上あてはまるなら、契約前にもう一度確認したほうがいい状態です
- 求人票に「バックヤード」としか書かれておらず、職種名が分からない
- 提示された時給が、東京なら1,311円、大阪なら1,264円を下回っている
- 「時給に退職金と交通費を含む」と言われた
- 接客はしないと聞いていたのに、面談で「たまに売場も」と言われた
- 同じ派遣会社で2年以上働いているが、時給が一度も変わっていない
→ 2つ以上なら、契約書にサインする前に上の4つを聞いてください。聞いてから決めても、求人は消えません。
そのうえで「この条件で裏方を続けるのか、職種ごと動かすのか」を決める段階になります。判断材料が足りないと感じたら、経験の棚卸しから始めるのが早道です。
経験を棚卸しして、向いている進路を出す 8つの質問・所要1分/登録不要・個人情報の入力なし